8合目では、まだ若干吐き気がする位であった。しかし、更に先へ進み、9合目も近くなってきた頃、予感は確信へ変わった。
「明らかに吐きそうだし、頭の奥がガンガン痛い」
完全に高山病の症状である。
今回の富士登山のメンバーを聞いたとき、俺は「このメンバーの中では、一番体力ある自信がある。カメラと三脚持って行っても大丈夫だろう」という考えがあった。しかし、この考えが甘かったのだ。大甘だ。砂糖定食一丁!
他のメンバーが高山病になっていないのに俺だけなっているのは、まずこの重い荷物による疲れ、それによる酸素不足が原因になっているのは明らかであった。だが、今さらカメラを捨てるわけにもいかない。高山病にはなったが、朝日を激写する目標だけは捨てたくない。
しかし、そんな気持ちには関係なくどんどんと悪化していく高山病。9.5合目辺りでは、意識も朦朧としてくる。他のメンバーも、体力や、足の付け根の痛みや、かなりキツいのは間違いないのだが、そこに気を配る余裕などは全く無くなっていた。気が付けば、俺のペースがメンバーで一番遅くなっていた。
「とにかく足を交互に前に出していれば、いつかは山頂に着くんだ。右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右…」
そんな時、朦朧とした頭に、誰かの言葉が聞こえてくるのだった。
「元気があれば、なんでもできる…。元気があれば、なんでもできる…。元気があれば、なんでもできる…。元気があれば、なんでもできる…。元気があれば、なんでもできる…。元気があれば、なんでもできる…。」
ああ、ついにあの有名なプロレスラーが不甲斐ない俺に闘魂を注入しに来てくれたのか…
でも、元気が無いときはどうすればいいのですか、先生。なんにもできないのでしょうか…
だが、先生はこう言うだけであった。
「元気があれば、なんでもできる…。元気があれば、なんでもできる…。」
実際、その声は同じように疲れで意識が朦朧としてきたぎのが呟いていた声だった。
先生が来てくれるわけはないのだ。
そしてふらふらな頭は、別の声を聞く。
「You can do it! Don’t give up!
OK… OK… Yeah! Good job!!」
ああ…毎日テレビの画面で見ているあの黒人インストラクターだ…
「Change your mind! Change your will!」
そうだ、今回の富士登山のために、俺は体を鍛えてきたんだ。こんなのに負けるわけにはいかない!!
顔を上げた時、その先には富士宮口頂上の鳥居が目に飛び込んで来たのだった。